Core Talk Cafe meeting | |||
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テーマ選択の背景 |
記念すべき第50回ということで、自分たちの活動やみなさまとの議論の意味を問い直すべく「哲学」をテーマとしました。コアトークカフェはこれまで「だれもが哲学的に考えている」という理念を掲げてきましたが、そもそも「哲学」とはいったい何なのでしょうか。この根本的な問いを運営もご参加の皆様といっしょに問い直すことをねらいとしました。 |
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当日の様子 |
多くの方にご参加いただいたので、最初は「哲学」についての思いやイメージをはっきりとお持ちの方にお考えを話してもらいました。「確かなことを検証すること」、「正しさを他者と共有すること」、「本当のことを明らかにしようとすること」、などなど。これらのご意見に対して質問しあうことで、参加者の方々の間で「哲学とは何か」という根本的な問いが共有されていったように思います。また、その過程では「哲学は科学とどうちがうのか」という問いが立てられました。哲学を他の学問と分ける基準をめぐって、その内容、方法、動機に着目して議論が進みます。 まず、哲学の内容について。問いのかたちにすると、「どんなことがらも哲学的に問うことはできるか」。具体的には、「今夜の晩御飯は何にしようかと考えることは哲学なのか」、という問いでした。これは自分の胃袋と相談している限りでは哲学ではないのでしょう。しかし、この問いが「だれもが豚肉を食べるべきではない」とか、「食べるということは罪ではないか」といった問いへと掘り進められ、普遍性に照らされるならば哲学になりうるだろうという議論でした。 哲学の方法については、「言葉と論理」であるというご意見がありました。哲学は他の学問とちがって、それらさえあればできる。とはいえ、「哲学はひとりでするものか」という問いをめぐっては意見が割れました。言葉は文化の洗礼を受けたものであり、また論理は他者との対話によって活性化する。運営にとってうれしいお話でした。 最後に、哲学の動機について。ひとはなぜ哲学をするのでしょうか。「考えないですむ状態まで考え続けたい」、「幸福になるため」、「本当のことを知りたい」、「哲学が自由にしてくれる」という実感のこもったご意見もあれば、語源から見た「知への愛」、むしろその反対に「愛ゆえの知」などなど。ご意見のひとつひとつを吟味する時間もなくなってしまったので、哲学することの意味について話し合い、シェアし合う機会としました。 | ||
Core Talk Cafe digest | |||
Digest of digest |
「哲学は定義できるか?」 「哲学と論理の関係は?」 「哲学は何でも問えるのか?」 |
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Book Guide |
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